保健大の研究最前線(研究室を訪ねて)
主催:研究推進・知的財産センター
研究開発科委員会
日時:平成28年9月14日
場所:青森県立保健大学 教育研究B棟
齋藤 史彦講師研究室
平成28年9月14日に、本学の産学連携知的財産アドバイザーである市山俊治から、本学社会福祉学科齋藤史彦講師に、ご自身の研究についてインタビューを実施しました。その際のインタビュー内容をご紹介します。
(市山AD)よろしくお願いします。
(齋藤講師)こちらこそ、よろしくお願いします。社会福祉学科の齋藤史彦と申します。
(市山AD)大学に来られる前はどちらにいらっしゃったのですか?
(齋藤講師)平成15年には設置準備室にいて大学づくりをしていました。
(市山AD)15年ということは2000年ぐらいですか。
(齋藤講師)そうですね、1999年です。助手から入りまして、その後、講師になり、現在に至ります。その時から児童福祉論という科目をずっと担当しています。最近では司法福祉論、更生保護制度論なども担当するようになりました。
(市山AD)次々と増えていますね(笑い)。コマ数はどれくらいになりますか?
(齋藤講師)通年科目が7科目、半期科目が4科目です。
(市山AD)全部足すと相当な時間ですよね。
(市山AD)社会福祉学科の学生の人数は何人ですか?
(齋藤講師)一学年の定員は50名で、在籍している学生は各学年とも定員を少し超えています。
(市山AD)齋藤先生は前から児童福祉とかを中心にやってこられたということですね。
(齋藤講師)はい。児童福祉は範囲が広くて、健全育成、障がい児、子育て支援といったことを含むのですが、関心があったのは、社会的養護です。社会的養護とは、何かしらの事情によって、家で子どもを育てられないといった家庭のお子さんに対して、施設で預かるとか、里親に預かってもらうということなのですが、中でも児童自立支援施設を退所した子どもが再び非行を繰り返してしまうという問題があり、施設内の支援のあり方を含め、どう社会に戻していくのかに関心がありました。
(市山AD)今、先生が興味を持っていることは何ですか?
(齋藤講師)更生保護を担当することになってから、刑務所出所者や少年院退院者等にも関心が広がっています。罪を犯した人がなかなか社会復帰できにくい状況があって、そこにも関心を持っています。
(市山AD)非行に走ってその後、施設から出たときに社会がちゃんと受け入れるかということですよね。いろいろ難しいことがあるでしょうね。
(齋藤講師)そうですね。成人の場合、仮釈放には、帰住先があることと、身元引受人が必要ですが、帰住先が確保できないことで満期釈放者が増えている点が問題視されています。
(市山AD)帰住先というのは親御さんとかが考えられるんじゃないですか?
(齋藤講師)そうです。でも、罪を犯したことで、その人の家族が縁を切るとか、ひどいときになると刑務所に入っている間に行方をくらましてしまうこともあるようです。特に高齢者の場合には帰住先がないこともあり、仮釈放につながりにくいです。
(市山AD)連絡がつかなくなってしまうと。
(齋藤講師)そんなこともあるようです。また、仕事が無いということも問題です。刑務所を出所してきた人が持っているお金の平均額は、ある調査では5万円以下です。仮に5万円のお金を持って出所しても、家に帰れないとなると、生活基盤がないので、結局すぐに行き詰まります。一度罪を犯してしまうと社会的な偏見もあるでしょうし、家族の支援が受けられないこともあって、なかなか社会復帰がしづらい状況があります。仮釈放の場合は保護観察がつくので、保護観察官とか保護司が定期的に面接などをして社会復帰を支援してくれますが、満期釈放になるとそうした支援が薄くなります。もう少し説明すると、仮釈放の場合は、保護司等が、仮釈放になった人や仮退院になった少年と月に数回程度、面接して生活上で困っていることや、悩んでいることを聞いて支援もできますし、就職を支援したり、罪を犯さないように交友関係を確かめたりして、更生を支援します。つまり支援してくれる人がいる中で社会復帰を目指せます。しかし、満期釈放の場合は、家族の方もいない、所持金も5万円以下しかないという状況で、行き詰まると「刑務所の方が良かったな。」と考える場合もある。高齢の方だと病気もあるでしょうし、刑務所では医療が受けられますから、もう一度、罪を犯して入ろうする人もいるようです。
(市山AD)確かに、食べるものも住むところも一応ありますからね。
(齋藤講師)刑務所自体がセーフティネットになっているという指摘がされています。その現状の改善を法務省も考えておりますし、厚生労働省も考えています。ですので、両省がタッグを組みながら支援を展開しているというところです。
(市山AD)今は満期で釈放された場合は何もケアがないのですか。
(齋藤講師)更生緊急保護という制度がありますが、利用には本人からの申し出や矯正施設の長などの判断が必要です。刑務所を出ただけで、みんながすぐに支援を受けられるということではありません。また、各都道府県に地域生活定着支援センターというのがあるのですが、そこでは高齢者や障がい者の受刑者で、出所後に福祉サービスが必要なのに行き場所のない方々などを対象に支援をしています。
(市山AD)それは、釈放された方を引き継いで支援するようなものではないのですか。
(齋藤講師)基本的にはそうですが、地域生活定着支援センターで特別調整の対象となるには高齢や障害を有するなど、6つある条件をすべて満たしていることが必要ですし、一般調整の対象やその他の対象者であっても高齢者や障がい者が中心になります。
(市山AD)先生の研究の内容としては、どのようなことをされているのですか?
(齋藤講師)こういった方々が社会復帰をスムーズにするにはどうすればいいのかということに関心があります。出所者の帰住先や就労先の確保で問題となるのは出所者等への拒否感です。これには出所した方へのイメージが大きく作用しているのではないのか、と考えています。罪を犯した人を怖いと思うのは当たり前です。しかし、罪を犯した少年と実際に接した人達というのは、「彼らがそんなことをしたとは思えない。本当に罪を犯した子なのか。」というようなことをよく言います。私が児童自立支援施設の学習支援ボランティアをやっている学生たちに調査したときの結果でも、ボランティアの前後で入所児童のイメージが異なりますね。最初は「怖い子ども」だとか「危ない子どもなんじゃないか」と思っていたけど、学習支援で一日の何時間か定期的に接したところ「この子たちはほんとにそんな子なのか」、「一般の子と変わらない。」というイメージを持つという傾向が見られました。犯した罪にもよるかもしれませんが、実際に接してみることで、(一般のこどもと)変わらないという、イメージに変化することになるんじゃないかと思っていて、そこからイメージを改善してお互いに理解できれば、社会復帰の基盤につながるのでは、と考えています。
(市山AD)そういった先入観を無くしていくことを検討されているんですね。
(市山AD)こういった研究をされている中で、苦労したことはありましたか?
(齋藤講師)罪を犯した人たちに直接、調査できないことです。デリケートというかプライベートな問題を多分に含んでいるので。
(市山AD)プライベートなことですからね。
(齋藤講師)保護司会や更生保護婦人会など、出所者をちゃんと支援しようとされている方々がいらっしゃるので、そういう人たちと一般の方の意識がどう違うかというところで比較するのはできそうですが。
(市山AD)罪を犯したこどもに直接インタビューするということではなくて、周囲の直接関わっている方にインタビューするということですね。
(齋藤講師)そうですね。周囲の方々にインタビューしたり、調査することで見えてくるものがある、と思っています。
(市山AD)これからやっていくということですね。
(市山AD)意識の差に問題があるということですけども、どうやったら解決できるのでしょうか?
(齋藤講師)具体的には提案できませんが、先ほどお話しした非行少年と接することによるイメージの変化が手がかりになるのではないかと思います。ここを明確にして、このイメージの差はどこからくるのか提起していくことが良いかと考えています。
(市山AD)そういう方を受け入れている企業と受け入れていない企業を比較しても差が出るでしょうね。またこのイメージの差が払拭できれば受け入れ先となる企業が広がっていくことに繋がりますね。
(齋藤講師)はい。次に受け入れてもらった後のこともあります。罪を犯した方をその事情を知った上で積極的に受け入れる事業主を協力雇用主といいますが、以前、この方々を対象に調査したことがあります。そこから見えたことは就職後の職場定着にも課題があるということです。雇われる前の問題と雇った後の問題の二つの問題があると思っております。国は職場に定着させるための事業として「就労支援員」を配置するといったモデル事業をやっており、そういうところでは、細かい指導等をすることによって定着率が上がっているようです。
(市山AD)企業としても細かい対応をしてもらえることで安心して雇うことができるということですね。青森はやってないのですか?
(齋藤講師)青森は残念ながら入っていないですね。
(市山AD)先生の研究成果による裏付けで大丈夫だということが分かって、雇用が進んでいけばいいということですね。
(齋藤講師)そうですね。是非、実現したいですね。
(市山AD)今は更生保護を中心に研究されているということですが、将来的な方向はいかがでしょうか?
(齋藤講師)出所者等への支援の研究では、こうした人たちを資源として考える方向になっています。これまでは、保護されたり管理されたりする対象として認識されてきた出所者等が、何らかの形で社会に貢献できているという実感が持てることで、彼らの社会に対する認識も変わると思います。個人的には刑務所を出所した人たちが農業に関わるという可能性もあると思っています。農業は人間にとってすごく大切な食べ物をつくりますから、出所された方々にも、社会にちゃんと貢献しているというプライドにもなると思います。また、その農産物を出所者等が生産したことを伝えて買ってもらうことで、市民の出所者に対するスティグマ(負の印)も薄れ、受け入れやすくなると思います。
(市山AD)そのときの農業側の受け皿は一般の農家とかですか。
(齋藤講師)そうした方々の協力を得ながら、耕作放棄地を使うことなどが考えられますね。
(市山AD)耕作放棄地は結構ありますよね。
(齋藤講師)そうですね。実際にそれを事業としてやり始めているところもあります。障がい者だけではなくて、出所された方も含めて、きちんと社会参加できるようにしていくという考え方ですね。ソーシャルファーム(労働市場で不利な立場にある障がい者や出所者ななどに雇用を創出したり提供したりする企業・団体など)というのですが、色々なところに拠点ができていて、商品開発や経営に関することも含めてやっています。
(市山AD)青森は、耕作放棄地もあるでしょうしね。
(齋藤講師)以前、ある方から、労働市場で不利な人々に農業に従事してもらい、定住してもらうことで、過疎対策を解決できるのではないか、とのお話しを聞いた事があります。ソーシャルファーム的な取り組みが意外なところにつながるとびっくりしました。
(市山AD)これから労働者の人口も減ってくる中で働き手が足りない産業に従事してもらうということですね。
(齋藤講師)単純に労働力を足りないところに向けるということだけでは解決しないとは思っています。さっきお話ししたように、雇った後の問題もありますので、そこに対する手当がないと安定した労働力の維持はできないでしょうし、従事されている方の生活も維持できないでしょう。
(市山AD)齋藤先生はゼミや演習等ではどんなことをされているのですか?
(齋藤講師)今年度は放課後等デイサービス事業(児童福祉法に基づき、発達に特性を持つ子どもを放課後や長期休暇の際に預かる事業)を行っている事業所から、自分たちの事業が保護者の方からどう評価されているか、また、職員が自分たちの事業をどう評価しているかをゼミで調査できないか、という問い合わせをいただきました。これを学生に話したら、ぜひやってみたい、というのでそれを進めています。放課後等デイサービス事業の事業所は、平成24年の事業スタート段階では2,540ヶ所だったのが、平成28年には8,352ヶ所と3倍以上に増えています。そうした中で、子どもの発達支援をせずに、ただ子どもを預かっているなどの事業所もある、と言われています。厚生労働省はこうしたサービスの質を担保ができない状況を問題視して、各事業所にサービスの自己点検を行い、事業の改善につながるよう、通知を出しました。私のゼミに依頼した事業所はこの自己点検を事業所自身が行うよりも外部の機関が行った方が信頼性も確保でき、事業の改善にもつながると考えて依頼してきたようです。公的な機関として社会福祉施設の第三者評価をする機関はあるのですが、それ以外で第三者性を担保できる機関として大学を思いつき、私のところに依頼がきたところです。
(市山AD)そうした評価の調査というのは、調査する機関によって調査内容や評価内容が違えば問題があるかと思うのですが、何か指針等はありますか?
(齋藤講師)厚生労働省から放課後等デイサービスガイドラインが、自己評価票を含めて出されています。基本的にはこのガイドラインにそって行うことが大切だと思います。一方で、学生にはその保護者の立場に立って、子どもを預けるならどんなことが心配か、どんな要望があるかなどを考えてもらい、よりよいサービスに繋げるための検討をしてもらいました。調査票も厚生労働省が示したものだけではなく、これを参考にしながら作り直しましたので、調査票を作り、実行し、回収し、集計、分析するという一連の流れを経験させることができると思います。また、調査では、職員の方にもお話しを聞きますので、学生自身が就職する際に参考になるということもありますね。
(市山AD)学生さんに第三者評価の心得を身に着けてもらうということでしたが、ゼミなどで学生さんにはこういうことを身に着けて卒業して欲しいということはありますか?
(齋藤講師)つきなみですが、知識や技術もそうですが、ソーシャルワーカーの職業上の価値や倫理観を持った人材になればいいなと思っています。今後ますますそうした点が重要になると思っています。出所者等もそうですし、子どもやその家庭の問題にも当てはまりますが、自分の置かれている状況に不安を感じていたり、自信がもてなかったり、選択肢がなかったりと、社会福祉の対象となる人たちは基本的な権利が侵されていることが多いです。そうした人たちの現状を捉え、不平等や不公正に働きかけていけるようになるといいなと思っています。
(市山AD)齋藤先生の研究は地域との関わりがすごく強いと思いますが、地域貢献という面ではいかがでしょうか?
(齋藤講師)更生保護と児童福祉の両方ありますが、児童関係で言えば、弘前市の自立支援協議会の子ども部会の中の作業部会のメンバーをしています。昨年は弘前市の障がい児がいらっしゃるご家庭に対し、生活していく中でどんなことに困ってらっしゃるかのアンケート調査を実施しました。また今年は、12月の障がい者の日に合わせて、弘前市では、障がい児のアート作品を展示するという取り組みがあり、参加しています。また、「サタディくらぶ」というひとり親家庭の子どもたちを対象とした学習支援を行う取り組みにも参加しています。これには本学の学生が学習支援ボランティアとして参加しています。支援を始めた3年前にボランティアを募集したところ、本学学生から数名の応募がありまして、これを児童福祉研究会というサークルにして、その活動の中で、毎週土曜日に青森市内で、ひとり親家庭のお子さんに対して学習支援を行っています。
(市山AD)メンバーはどのくらいいらっしゃるのですか?
(齋藤講師)今は約10名ぐらいでしょうか。子どもたちに学習を支援していく中で学生がいろいろ気づいていくところが面白いですね。学生が子どもに対する接し方など、施行錯誤して色々方法を編み出している学生もいます。そういう点では学生の成長に繋がっていると思います。
(市山AD)実際に子どもに接して分かるというということですね。
(齋藤講師)そうですね。
(市山AD)これから大学で学ぼうとしている学生に対してのメッセージをお願いします。
(齋藤講師)あなたが学ぼうと思ったその目的を大切に、自分の学びたいことを深められるよう、有意義な学生生活を送って下さい。