解説
事例1
健診を受けたことのない 58歳女性 Aさん
解説
Aさんはこれまで健診を一度も受けたことがなく、そのため病気の早期発見・早期治療を受けられず、かなり進行した状態で慢性腎臓病と診断されました。
今後の生活の質への影響や、最終的には寿命にまで影響が考えられる展開です。
問題点は健診を受けなかったことですが、健診については
●健診で何がわかるのか
●なぜ行った方がよいのか
●健診の仕組みはどのようなものか
●どうすれば受診できるのか
これらの事柄を理解し、しっかりと評価した上で、健診受診行動につなげること、すなわち健診についてのヘルスリテラシーを持ち、それを発揮できれば、このような経過は回避できたはずです。
事例2
高血圧で10年来治療中の 62歳男性 Kさん
解説
Kさんは10年来高血圧の治療をしたにもかかわらず、治療が不十分で、結局は脳出血を発症しました。
治療前にも血圧は高かったとのことで、長い経過の高血圧が脳出血につながった可能性が高いと思われます。
この方の場合、2つの点でヘルスリテラシーが問題になります。
a)高血圧という病気への対処
b)医師との関係性(ヘルスコミュニケーション)
まず、高血圧への対処ですが、この病気について
●どのような病気なのか、放置するとどうなるのか
●治療法にどのようなものがあるか
●降圧薬の作用・副反応はどのようなものか
●服薬がしっかりできているか
●生活上の注意点は何か
これら高血圧という疾病についてのヘルスリテラシーとなります。
こうした事柄に十分向き合い、自らの行動の評価をできれば、b)の問題への解決につながる行動も可能になったかもしれません。脂質異常や糖尿病など、多くの慢性疾患で同様のヘルスリテラシーが重要です。
では、b)の問題です。わが国では、外来診療は混んでいることも多く、医師も長い診察時間を忌避する傾向にあります。患者さんの話をよく聞くというのは診療のイロハですが、それがなかなか思うようにできないのも、また悲しい事実です。一方、医師の提供する情報を十分理解できる人はかなり少ないというデータは、数多く示されています。健康情報についての食い違いや誤解はしばしば重大な問題を引き起こします。
さて、Kさんは医師との関係性が悪くならないよう配慮したがために、結果として自分の治療を不十分にしてしまいました。医師側においても家庭血圧をあまり評価せず、血圧手帳を渡していないなど対応に問題がありそうです。
ただ、Kさんも高血圧のコントロールを真剣に考えれば、漫然と不十分な治療を続けるのではなく、自ら血圧を記録し、それを看護師や医師に示すなど、何らかの具体的行動をとれば医療側の対応も変わっていた可能性があります。
どうにもうまくいかないときは、セカンドオピニオン的な受診など次の手立てを取ることも考慮すべきだったかもしれません。
つまり、a)の十分な情報とその理解、評価があれば、b)のこれまでの状況を何とか打開しようと思ったはずです。受療の場での適切な対応もヘルスリテラシーの重要な側面です。
慢性疾患での受診行動は、「どのような目的で何をしているのか」その原点を常に意識する必要があります。
医療側は「薬を出して安心」、患者は「かかっているので安心」に安住することではうまくいかないことも多く、受診行動は十分なヘルスリテラシーに支えられている必要があります。
事例3
肺がんと診断された 52歳男性 Bさん
解説
喫煙している男性、Bさんが肺がんになり、治療に積極的に応じたものの、ほどなく死亡されました。
肺がんの組織型から主治医は喫煙が原因となった可能性が高いとしました。
がんにかかって喫煙をやめたものの、その健康行動は間に合いませんでした。
この男性は喫煙が健康に悪く、がんのリスクになることも知っていたのですが、何となく「自分は大丈夫」感覚、禁煙の困難性などから、禁煙という健康行動をとれないまま、肺がんにかかってしまいました。
ここでヘルスリテラシーとして問題となるのは、喫煙について
●喫煙行動・受動喫煙の種々の病気でのリスク
●禁煙法、受動喫煙の防止法
といったものが挙げられます。合わせて、喫煙以外で肥満等のリスク認識も重要なヘルスリテラシー上の課題です。
また、疾病や病態の理解も予防上重要な課題で、ヘルスリテラシーにつながります。
- 特にがんや血管病など重大な生活習慣病について理解
- 糖尿病をはじめとした、重大な合併症につながる病気やリスク
これも重要です。その一環で、今や何らかのがんにかかる人は「2人に1人」と知っていれば「自分は大丈夫」という風には考えなかったかもしれません。
Bさんのように、重大な疾病にかかってから禁煙を決断する人はまれではありません。
もちろん、それからでも禁煙は意義がありますが、手遅れの場合も残念ながらあり、今回のようなことが起こります。早い時期から、また生涯にわたってのリスク対応が望まれます。
事例4
糖尿病治療を中断した 48歳男性 Oさん
解説
糖尿病は初回いったんよくなることも多いのですが、Oさんは油断して受診を中断してしまい、その後の多忙と気のゆるみなどから糖尿病が再燃してしまいました。
いったん中断すると受診の敷居が高くなってしまいがちです。
頑張って再受診した結果、主治医は丁寧に診察してくれ、多少感覚の低下(神経障害)はあるものの、他の厳しい合併症はとりあえずなく、しっかり治療を続けることで今後の合併症は抑えられる可能性が高いとのことでした。
厳しい状況には至る前に、すんでのところで間に合いました。
糖尿病について、ヘルスリテラシーとして特に問題となることは
●どのような病気で、リスク因子、合併症はどのようなものか
●治療法(食事、運動も含めて)と、コントロールの目安
●治療継続の意義。中断した場合の問題点
●主体的に自らコントロースする姿勢と確実な実践
などでしょう。
Oさんは家族の支援、糖尿病診療、行政の施策など歯車がかみ合って目前に迫った重症化を当面回避できました。
ここに、ヘルスリテラシー上の重要な側面が垣間見えます。
一つは、ヘルスリテラシーは個々人の能力と見られがちですが、実は家族など共に暮らす共同体として、ヘルスリテラシーを互いに補完しつつ実現することが重要であり、大なり小なり、そのようにしていることが多いということです。
家族以外、隣近所なども入る場合もあるでしょうし、そうした日頃からの「社会的絆」がカギを握ることもあります。
もう一つの側面として、行政の糖尿病重症化防止キャンペーンが功を奏したわけですが、それはつまり、県は施策として住民のヘルスリテラシー向上を目指していると言ってもよいでしょう。
このようにヘルスリテラシーは個々人の問題でもありますが、住民全体のヘルスリテラシー向上は行政的な健康政策上の問題でもあるのです。
大学として取り組むのも、究極的にはそこが一つの目的でもあります。